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ガットゥーゾ監督のインタビュー「リムの選手売却を手伝うためにここに居るわけではない」

ガットゥーゾ監督のロングインタビューがDiario ASにて行われました。Diario ASは2日に分けて、このインタビューの内容を公開しました。

ガットゥーゾ監督のインタビュー「リムの選手売却を手伝うためにここに居るわけではない」

25日に公開された前編では、ガットゥーゾ監督の人間的な側面やキャリアの始まり、サッカーに対する見方の変化などについて答えており、昨日26日に公開された後編では、バレンシアでの現在について焦点が当てられています。

全部読みたいところですが、年末で私自身の時間の制約もあるため、前編の興味深い回答と後編を中心に紹介します。


──サッカーの見方の変化
「ミランでプレーしていた27~28歳の時、スペインのチームと対戦しました。私たちはただ走るだけで、ボールは縦にしかプレーされませんでした。そこで何故?と考えました。その後でグアルディオラに話しかけに行きました。正直なところ、その概念は何ヶ月も理解できませんでした」

──サッカー人生の歩み方
「私のサッカー人生を振り返ると、どうしてまだ私と一緒に居てくれるのかわからない妻に感謝しなければなりません。始めたばかりの頃は、よくアンチェロッティに電話して"どうやればいいんだ"と言っていました。私にとって難しいことだったんです。8時半から始めて、夜7時に帰宅します。そして家のトイレで小便をしようとして、何かを思いついてそれを紙に書き留める、私はこのように生きています。18~19時間もサッカーのことを考えているわけにはいかないので、私は変わらなければならないのでしょう」

──現役時代の自分を思い出させる選手
「久しぶりに自分に似た選手を見たなと思ったのが、ワールドカップでのアムラバト(モロッコ代表)でした。私が27歳の時のような顔つきをしていました」

──グラスゴー・レンジャーズからのオファー
「グラスゴーには行きたくありませんでした。ペルージャでセリエBで2試合出場した後セリエAに昇格し、契約が無いまま8試合プレーしました。それからイタリアU-18代表としてU-18欧州選手権に参加して...ある日、レンジャーズの代表が私の街に来て、オファーを提示していったと父から聞きました。私は家を離れたくなかったので、父にそう言いました。すると父は"こんな(大きな額の)数字の書き方を俺は知らない。この金額を稼ぐのに、俺は4回人生を繰り返さなければならない"と私に言いました。私がそれでも断ると、"この機会を活かさなければ殴る"と言われました」

──サッカーのエリートに到達するための仕事
「グラスゴーに行った時、私は何も知りませんでした。英単語のひとつさえも。2週間が経ち、私はスコットランドの選手よりもスコットランド人のように見えました。一日に3~4回のセッションをこなすのが私のスタイルでした。1時間ジムに通い、その後2時間ボールを壁に向かって蹴り続けました。私という人間は精神論で作られたんです。テクニックが無いことは分かっていたので、自分と対峙する相手を精神的に殺せるようにいつでも準備していました。自分の人生をサッカーに捧げてきたという自負はあります。でも自分がリーダー気質であることはわかりませんでした。私がする全てのことは自然に身についたことなのです。芝居をする必要も、別のキャラクターを演じる必要もありませんでした。ただ、困っている人がいたら助けに行っていただけです」

──死生観
「死を恐れてはいませんが、生きることが好きです。私のここでのプレゼンテーションの時に言われましたが、子猫であるよりもライオンになることを選びます。軟弱に生きるよりは常に全力で生きる方がよっぽど良い。私は生きていることが好きで、起こるべきことについて考えることは好きではありません。今日は今日、明日は明日、私は遠慮しません。テレビでそんな自分を見ると嫌な気持ちになりますが、アドレナリンが出て燃えている時、私は自分を止められないのです。私は自分がカメラにフォーカスされるような人間だとは思っていませんし、監督なのだから自分をコントロールしなければならないのは当然なんですが...行ってしまうんです」

──昨季1年間チームを率いなかった理由
「フィオレンティーナと契約した1週間後に去ることを決断しました。就任前に彼らと多くのことを話しましたが、それが事実ではないことがわかったからです。その1週間後にトッテナムに声をかけてもらいましたが、差別主義者としてのレッテルを貼られ...ここバレンシアでも最初はあの狂気がありましたが、本当に気分が良くなかったです。その後10月か11月にも別のクラブから話をもらいましたが、その時はチームを指導する頭になっていませんでした。4月の国王杯決勝の後、アニル(・マーシー)から電話があり、彼とミラノで会いました。ナポリやミランでの私のチームの仕事が好きだと言ってくれました」

──バレンシアと契約するという決断
「アニルに1週間ほしいと言いました。ジジ(・リッチョ第2監督)と一緒にバレンシアを研究しました。自分の好みとは全く違うスタイルのバレンシアでしたが、時間があれば素晴らしい仕事ができると確信しました。ミランで2年、ナポリで2年働いたこともあり、歴史や良い街を持たないチームに行くことは出来ませんでした。バレンシアのようなビッグクラブと契約することは簡単ではないことは理解していました。ファンが長い間オーナーに怒っていて、ヨーロッパでプレーしていないことも知っていました。でも良い仕事をすればそれを再び勝ち取れると確信しています」

──リーガも会見もない1ヶ月
「リフレッシュできたかと言われれば、正直なところNOです。この期間、私は多くの仕事を非常に良くこなしてきました。選手たちがそれを喜ぶかどうかは分かりませんが。今は疲労を感じています」

──ピーター・リムとの関係
「正直に、ピーターとは良い関係にあると思います。彼が私にこの仕事を任せてくれると決めた日が、彼との3回目の会話の日でした。彼とは電話では話しません。電話は好きではないようです。なので、私がシンガポールに行った時に話します。一緒に居る時の彼は私の話に耳を傾け、私の説明を理解してくれる人のように感じました。彼には大きな敬意を持っています。私としては、重要な選手たちを獲得してほしいのですが、それが不可能であることをしっかりと説明してくれました。そういった点についても敬意を持っています」

──ジョルジュ・メンデスとの関係
「私は気にしていません。自分の仕事だけを考え、それを良い形で行っています。以前にこのテーマについても説明しました。ジョルジュはここに来る前からの友人の1人ですが、これまで彼の選手と契約したことはありませんでした。単純なことです。私が気に入った選手がいたら契約したいですが、そうでなければ友人の頼みでも獲得はしません。ピーターとの関係と同じで、ジョルジュに対しても嫌なことがあれば面と向かって話します。私はピーターが選手を高く売るのを手伝うためにここに居るわけではありません。チームを改善し、重要なポジションを勝ち取るためにここに居ます。それが出来なければ私は故郷に帰るでしょう」

──キアト・リムの取締役就任でシンガポールまで呼び出される回数が減ることへの期待
「私がシンガポールに行く時はいつも気合を入れていきます。過去には朝の5時に電話してきて「寝てたの?」と聞くオーナーも居ましたよ(笑) どのオーナーもいつでも自分を基準とした価値観を持っています。私がシンガポールから戻ってくる時は、いつも満足しています」

──朝5時に電話してきたオーナー
「ベルルスコーニではないです」

──冬の補強
「嘘をつく必要はありません。マーケットが可能性を提供してくれるのであれば、1人でも2人でも獲得しなければなりません。でも人数合わせの補強は好みません。まずはチームに3人しかいないウインガーについて考える必要があります。まだ多くの試合が残されています。中盤の選手も私たちのチームには6人ではなく、5人しか居ません。これが私たちが考えなければならない問題です。6番のポジションはギジャモンとニコが居て満足しているので、一列前の選手ですね」

──契約延長
「ディアカビについてはクラブはやるべきことをやり、ボールは今彼が持っている状態です。トニ(・ラト)については同じポジションに3人の選手がいるという問題があり、同じ方向に進むか、何かを変えるかを見定める段階にあります。私たちは待たなければなりません。今の状況下でクラブがトニに契約延長を提示することは難しいでしょう。彼のポジションが2人になったら(=ヘスス・バスケスの去就によって)全てが変わる可能性があります」

──ヘスス・バスケスの去就
「クラブと話し合っていますが、どうなるかはわかりません。彼は2003年生まれの若い子であり、彼の年齢ではプレーする必要があります。何も起こらなければこれまで通り彼はバレンシアでプレーします。1月は試合数が多く、あと5ヶ月で24のリーグ戦がありますから」

──ワールドカップを終えたガヤ
「彼は良い状態です。ワールドカップから戻ってきた時、彼はその日のうちに練習に参加したいと言っていましたが、私が無理やり休みにしました。そうするべきだと思いましたし、良い決断だったと思います。小さな怪我でワールドカップから去らなければならないのは、つらいことだと思います。でも彼は気持ちを完全に切り替えて戻ってきました。本当に信じられない子です。私たちのキャプテンは素晴らしい知性を持った子で、私たちは多くのものを与えてもらっています。代表から外れたことが不当だったかどうかについては、代表監督が関与することなので判断が難しいです。ホセ(・ガヤ)には"君は選手の立場で考えているが、私は監督のことも考えている"と話しました。おそらく監督は決断に恐れもあったでしょう。それでも決断を下さねばならず、決断を下しました。簡単なことではありません」

──ヨーロッパで戦う準備
「私はそのためにここに居ます。残留するためにここに居るのではありません。しかし、ヨーロッパでプレーする準備が出来ているかどうかを考えなければなりません。現時点で私の答えはNOです。今のチームは週に3試合戦う準備は出来ていません。ヨーロッパでのプレーを考えるのは普通のことです。しかし現実は違います。今日、私たちにその準備が出来ていると思いますか?」

──不足しているもの
「ヨーロッパでプレーするには2チーム分、22~23人の選手を準備する必要があります。木曜と日曜に試合を戦うことは簡単ではないからです。強力な選手を4人獲得してもヨーロッパで十分に戦えるとは限りません。常に100%でプレーし、圧力をかけるチームでなくてはならないのです。今季は勝点が3~4点足りていません。エルチェ戦もマジョルカ戦も落としました。チームのメンタリティがどう変わったかを証明しなければなりません。多くの人がバレンシアについて話す時、ファンについて話し、非常に偉大なチームについて話します。バレンシアがチャンピオンズリーグに出ていた時に、ファンがウナイ・エメリを殺していたことをよく覚えています。私が監督であることでチームは良い仕事ができると信じてもらうためにも、この方向性で続けていかなければなりません」

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