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UEFAチャンピオンズリーグ 100試合出場

クラブは、昨日行なわれたリール戦でUEFAチャンピオンズリーグ(旧ヨーロピアンカップ)100試合出場を達成しました。この数字は予備戦10試合も含んでいます。

クラブが初めて欧州最高峰の大会に出場したのは1971/72シーズンの事です。1970/71シーズンに24年ぶりクラブ史上3度目のリーグ優勝を達成したアルフレッド・ディ・ステファノ監督のチームは、スペインリーグ・チャンピオンとしてこのシーズンのヨーロピアンカップに参加。予備選でウニオン・ルクセンブルグを破って本大会に進出しましたが、2回戦でハンガリーのウーイペシュトに敗れました。

その後、大会の規模が大きくなり、リーグ優勝チーム以外にも出場権が与えられるようになった恩恵を受けて、1999/00シーズンにクラブ史上2度目の出場を果たしました。このシーズンも予備戦からの参加でしたが、エクトル・クーペルに率いられたチームは次々とアップセットを演じ、誰もが予想していなかった準優勝という成績を収めました。

主力がごっそり引き抜かれた翌2000/01シーズンも、クーペルのバレンシアは快進撃を演じ、2年連続のファイナリストとなりました。決勝ではPK戦の末、バイエルン・ミュンヘンに敗れました(この時、最後のPKを蹴ったのが現監督のマウリシオ・ペジェグリーノです)。

1年のブランクを置いて、2002/03シーズンにはリーグ・チャンピオンとして、この大会に戻ってきました。ラファ・ベニテスのチームは順調に駒を進めましたが、ベスト8でエクトル・クーペル監督のインテル・ミラノに道を閉ざされることになりました。

再び1年置いて2004/05シーズン、バレンシアはリーグとUEFAカップの2冠王者として大会に戻ってきました。しかし、クラウディオ・ラニエリのチームは大黒柱だったビセンテをブレーメン戦で失い、急激に失速。チーム内分裂の影響もあり、CLで初めてグループリーグで敗退する事になりました。

2006/07シーズン、壊れたチームを再建した若き戦術家キケ・フローレスの手によって、バレンシアは再び1年のブランクでUEFA CLに戻ってきました。ビジャ、モリエンテス、シルバ、ホアキンらを擁した破壊力抜群のチームは4年ぶりにベスト8に進出しましたが、今度はジョゼ・モウリーニョのチェルシーによって大会を追われることになりました。

久々に2年連続での出場となった2007/08シーズン。10月に、リーグ4位という成績にも拘らずキケ・フローレスを解任するというフロントの愚行によって、キケ・フローレスが築いてきたチームは再び崩壊する事になりました。後任のロナルド・クーマンは、指揮したCL3試合で1勝も出来ず、チームはグループリーグ最下位に終わりました。

2010/11シーズン、クーマンの後任となった若き名将ウナイ・エメリの手によって、チームは3年ぶりに欧州最高峰の舞台に戻ってきました。ルベン・バラハの引退に加え、ダビド・ビジャ、ダビド・シルバ、カルロス・マルチェナとワールドカップチャンピオンを3人も放出した事で、試練の一年になると思われていましたが、チームはグループリーグをマンチェスター・ユナイテッドに次ぐ2位で突破し、4年ぶりの決勝トーナメント進出を果たしました。

クラブ史上初の3年連続出場となる今回は、バレンシアにとって10回目の本大会参加となります。バレンシアのグループFでは、本命のバイエルン・ミュンヘンがBATEボリソフに敗れた事で、混戦となりつつあります。決勝トーナメント進出に向けて、ペジェグリーノ監督は最終節まで厳しい戦いを強いられそうです。

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